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近藤智洋New Album「塔」をひとり語る

塔 



音楽を聴くときにそのアーティストの系譜を辿るのは

とても大事なことだ。

敬愛しているならばなおのこと。


サラブレッドのブラッドラインのような

入り組んだアーカイブを楽しみ、その先を予測し

夢想するのはある意味、リスナーの特権である。


このBLOGでも一度、音源化される前の「夕闇と少年」と言う楽曲に

インスパイアされ書いた文章がある。

http://podystpodyst.blog89.fc2.com/blog-date-20120205.html


この楽曲はその後、

近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーションのAL「GO!」に収録された。

https://shop.fannect.jp/ads405/pc/syousai.asp?item=BL-ADS-1779


近藤智洋の作り出してきた音楽の系譜を記すと

PEALOUTから始まり近藤智洋&ザ・バンドファミリア~The Everything Breaks 

GHEEE~近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーションと流れており

今現在も「GHEEE」「近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーション」については

活動中である。


そして今回、近藤智洋のソロ作品3部作のフィナーレを飾るAL「塔」がリリースされた。


このあまりにも素晴らしい作品をどうしても語りたく、

願わくば一人でも多くの人々に届いてほしいとの思いから

このBLOGを再開する事にした。


なんか堅苦しい前口上になってしまいましたが、基本は脱力系のムフフやヘヘヘな投稿が

メインのBLOGでございますのでなんならば暇つぶしにコーヒーでも飲みながら

他の投稿でも読んでほくそえんでいただくのも一考ではないかと思う次第でございます。


           ~ 閑話休題 ~


ではここからがメインですよ!

長文となりますがぜひ御読みあそばせ。

近藤智洋 New Album「塔」をひとり語らせていただきます!


これまでに近藤智洋が作り上げてきた音楽を聴き続けてきた私ですが

今回のAL「塔」を聴いたときに

自称ミュージックジャンキーの私がここ何年か肌で感じた

先鋭的な海外のSSWアーティストたちが作る作品と邦楽アーティストとの

明確な差異を軽々と超えた作品であることに驚愕しました。


そして今までの日本のSSW達の視点とは違う場所から、

届けられたような新鮮な音群を感じたのです。


エレクトロニカやアンビエントの類いの音楽に非常に近い音色がありつつも

そこには紛れもなく「歌」がありメロディーが存在している。

緻密に音を重ねた結果、このような感触が生まれたのであろうと感じます。


完全DIYですべて一人で作り上げたAL制作を通して

実際にはアコギや鍵盤がメインであり、

打ち込みはほとんど使われていないと思いますが

聴いているとそんなふうに感じる、今までにない経験でした。


発想の逆転、もしくは音楽的視点の変換と言えばいいのだろうか。


道を歩いているとそこに何かが落ちていて拾った瞬間に

今まで解けなかったクイズが偶然解けてしまったような新しさを感じました。


2曲目「沈黙の足音」を聴けば顕著のように

幾重にも重ねられたコーラスやアレンジにはUSを始め

世界の先鋭的なSSW達との同時代性を感じさせつつも

同時に近藤智洋自身が持っているメロディーメーカーとしての

才能が一気に溢れだしていることがよくわかる。


又、7曲目「まぼろし」においても

幽玄な音像から多幸感と神秘性を極限まで増幅してみせた。


4曲目「花火」

6曲目「アメリカの夢」

9曲目「ひとりぼっちのメロディ」


上記においては

個人の思考をコラージュとして挿入しており

短編映画のような物語性が言葉ではなく楽曲に生まれており

その世界観を描き出している。


音源において弾き語りのSSWの宿命ともいえる表現の限界は

過去の音楽からも推し量ることは比較的簡単である。

 

しかし今回の近藤智洋はそういった縦軸な音楽的継承意識から

軸足をはずしたのではないのだろうか。

己の脳内音像を分析しながら過去の音楽を刷新していくような

感覚だったのではなかっただろうか。

 

例えばジェイムス・ブレイクやサンファといったアーティストとの

近似性やジュディ・シルやポール・サイモン、そしてピンクフロイド等の

アーカイヴを自由に横断する完成度の高い音楽(ポピュラー)を

作り出したこの作品は驚嘆に値すべきである。


現代のSSWの作品において

これほどまでに正しいものはそうそうはない。

 

そして歌詞についてもひとり語らねばなるまい。

 

私はこのALを「再生と恢復の短編連作集」として捉えたが

最初に感じたのはALから溢れる喪失感だった。


4曲目「花火」

子供たち 笑い声あげて 海辺を走る 転んでは泣き出す はずだったのに

5曲目「朝顔」

あれは遠い夏の朝 ベランダにきみ 座り 朝顔を見ていた 

いや 何も見てはいなかった

9曲目「ひとりぼっちのメロディ」

一瞬の再開が 孤独より悲しいものだったとしても


暗がりのなかで一人ごちるつぶやきのような歌詞。

まっすぐに捉えようとするあまりに目を瞑らずに

見なくてもいいものまで見てしまう己。

 

しかし、これが近藤智洋なのだ。

 

人間はみな、期待を裏切り、人を裏切り、

正直であるが故に絶望的になる。

人生に影を落とす圧倒的な空しさは火で燃やし灰にして

無に帰すことはできない。

 

この嘘っぱちな世界を生きるうえではシニカルになることを時として

強いられるがそこにとどまらない。


5曲目「朝顔」

どうかこの青空に 一輪の朝顔 どうかきみのそばで 

そっとそっと微笑んでおくれ 僕はそれを希望と呼ぶよ

8曲目「きれいだね」

いつか忘れた無色の羽のよう とてもまぶしくてきれいだね


作家性において相反する表現は時として矛盾を生むが

この内奥に渦巻く生への光ともとれる言葉は

まさしくもう一つの近藤智洋の本質だ。

死や別れを綴った歌詞にひと筋の希望を投影したことが

優しい旋律からも窺える。


最後に

近藤智洋は今まで「ここではないどこか」の

どこかを探し続けるように表現を続けてきたように感じていたが

AL「塔」によってそれは

ひとまず終点を迎えたのではないのだろうか。


それを強く感じたのはAL「塔」レコ発ツアー

2018年4月14日 大阪 ポテトキッドでのアンコール曲

「友だちの歌」という新曲を聴いてその思いを持った。


AL「塔」から更に、あきらかに次のステージへ

進んでいる事を確認したからだ。


受け止めることを覚悟するのは決して容易いことではなく

皆、その事柄から目を逸らしがちだが

近藤智洋は更にその先へと覚悟を決めたように感じた。


これからも新しい作品は生まれ

近藤智洋の音楽が止むことはないが

このAL「塔」は近藤智洋にとってのエポックメイキングであり

2018年のミュージックシーンにとっても

エポックメイキングである事を確信してる。


Amazon「塔」

https://www.amazon.co.jp/%E5%A1%94-%E8%BF%91%E8%97%A4%E6%99%BA%E6%B4%8B/dp/B07BHW3XK8


近藤智洋HP

http://kondotomohiro.com/





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  1. 2018/04/23(月) 14:53:39|
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